三歳か四歳のころまで住んでいた場所へ。

三月のとある日、急に思いつき

40数年ぶりに、ひとりで行ってみました。



住んでいた家の近くに小さなお寺があって。

モチロンいまも、まだその場所にあった。

そこに車を停めて、幼い私の記憶を

歩きながら辿る。


お寺の桜



当時は広いと感じていた道も

今歩くと、なんて狭くて細い道なんだろうと

思った。全体的に、コンパクト。



うっわ~懐かしいなあ・・・。

ここ、歩いていたんだよね。三歳の私は。



そう感じたら、まさかの、、、

涙がこみ上げてきて、自分でも驚いた。

なんとも言い難い、切ない思いが、

からだじゅうを巡る。



伝わってくるイメ-ジが、楽しい!という

よりも、「不安」だったんですよね。



お母さん?お母さん?いる?どこ?

お父さん?お父さん?って

きょろきょろしている三歳の私が。

どうしても伝わってくるんです。

だから切なくて、涙がこみ上げる。



ここにこんなものがあった筈、という

私の記憶は、もうそこにはなかった。

住んでいた貸家もすでに取り壊されて、

アパ-トが建っていた。



でも、狭い道は変わっていなかった。



当時、住んでいた家からぐるりと歩いて

近所のお友達。あゆみちゃんの家まで、

とても長い道のりだったけど。



40年ぶりに歩いてみたら、大人の足で30歩

ぐらい。そこから、さらにぐるりと回って家に

戻っても、5分もかからない。



でも、三歳の私には大冒険だった、と思う。



家からあゆみちゃんのお家。そこからお寺。

一人で歩ける範囲はその辺までだっただろうね。



その先のス-パ-や銭湯へは、父や母と一緒

じゃないといけない場所だった。

私は、特に臆病だったから。



夏祭り。お神輿の行列に私も入って町内を歩いた。

父が一緒だった。

お寺で休憩をして、次はA公園を目指す!

父が「綱を握って、一緒について来るんだよ」と

言いました。父は今度、担ぎ手になるから、

だから、ららは一人で綱を握って付いてくるんだよ。って言いました。



うん、って言いました。



でも、わたし。ついていけなかった。

お寺の前で、だんだん遠ざかるお神輿を見る

だけで、足がすくんで動けなかった。



父が「わっしょい!」って担いでいるお神輿

角を曲がって見えなくなった。

途端に、不安になって。大泣きした。

そこから少し記憶がない。

その後の記憶は、家にいた母が目の前にいて

(なんでお父さんの後、ついていかなかったの?)

って言っている。



自分でも、なんでだろう?分からないけど

たぶん、一人で決めることが出来なかったんじゃないかな?



父が隣にいて。

お神輿について歩くことはできたけど。

父がそばにいなくて。

ひとりで、お神輿についていくことはまだ

出来なかった。一人じゃ怖くて寂しくて。



幼いころの私を歩きながら思い出してみると

どうしても、涙がこみ上げてくるのは

そんな不安が多い幼少期の記憶が強いから

かなあ。



でもね、私はあの頃三歳でした。

まだまだ大人の誰かがいないと何もできない

地球にきたばかりの、ちいさな子供でした。



それを引きずって。

私は年齢的に大人になっても

自分で苦しい方をわざわざ選んでいたのかな?



もう大丈夫だよ~って。

ほったらかしにしていて、ごめんね~って

一人じゃないよ。私がいるよ、って。

三歳の私に伝えてあげた。



家に帰ってアルバムをみたら。

三歳かな?二歳かな?の私は

とても嬉しそうに笑ってた。



夏祭り



あれ?めっちゃ楽しそう!

幼い頃、不安ばかりだったってのは

もしかして、私の思い込み?

私の幼少期は、楽しかったのかな?



そうそう。この道、今も同じ。

そこにありました。⇓


道



嬉しかったな。

神様、粋な計らいをありがとうございます!



40代の皆さん、一度幼いころに自分に

会いに行ってみるのも良いかもしれません。

(*^-^*)



おおおっと!今日で三月も終わりですね。

わくわく楽しみな四月が始まります。

今日も素敵な一日を~(満月ですよん)

ランキングに参加しています。ぽちっとしてもらえたら嬉しいです↓

にほんブログ村 その他生活ブログ 家計管理・貯蓄へ
にほんブログ村


人気ブログランキング