「ららちゃんって優しいよね。

一緒にいるとホッとする~」。



と、子供の頃からよく言われていました。

(ぜんぜん嬉しくなかったけど)。

でもね、そう言っていた子は別の友人

がくると、私のことなどそっちのけ~で、

その子の所へ行っちゃうんですけどね。


くすん

(ズコ-)



なぜ私が「優しい」って言われていたのか?

あくまで推測ですが、たぶん

「都合が良かったから」



自分にとって都合の悪い事=言われたくないこと

=認めたくない事を言わない人、だったから。

優しい=ぬるいことしか言わない人、だったから。



たとえば、友人の愚痴を聞いていて。

(あれ?それちょっと違うんじゃない?)

と心で思ったとしても、それは言わないの。



そうか、そうだよね。辛いよね。

たいへんだよね、頑張っているよね。

すごいよね。



そんな言葉しか言わない。それが優しさだと

思っていた。心にもないことを言う私。

本音は言えない私。だから、優しいと言われ

ても嬉しくなかったのかもしれない。



だが、それもある人にとっては優しさになる。

何も言わずにはなしを聞くことが優しさに

なる時もあるから。



でも、優しさってそれだけじゃない。



本人が気が付いていない(フリしてる)こと。

それを、伝えることも優しさだと思うんです。



いつもいつも周りのグチばかり言っている

人は、決していつも周りの人が悪いばかり

じゃありません。本人にも原因があります。

でも、自分を変えようとはしていません。

だからいつも同じ問題に悩まされる。



自分の都合の悪い部分には触れようと

しません。自分のことは棚に上げます。

それを誰かに指摘されようものなら、

傷つけられた、ひどい、と言います。

私もそうでした。



でも今は、そんな部分を、わたしに

気付かせてくれる人こそ、優しい人だ

と思えるようになりました。

言葉にしなくても、そういう優しさって

伝わってきます。



たとえばグチも、きちんと聞いてあげるべき

愚痴と、スル-して流した方がいい愚痴と

2種類ある。



あなた、それは違うわよ!間違ってる!

と、自分の価値観をまいかい押し付けるのは

どうかと思うけど、



くだらない(失礼しました)愚痴って、

聞いている人の時間を奪うことなんだと、

気が付けせてくれる態度を取れる人は、

ほんとは優しい人だと思う。



以前の私のように、心で思ってもいない

ぬるい言葉を言って、相手をほんの一瞬だけ

いい気分にさせることは、優しさというより

実は、その人の未来を奪う事だったのかも

しれない。



その人が自分の力で、イライラモヤモヤから

抜け出せるようになるための何かができる

ひとこそ、ほんとうの優しさなんだな~って。

いまは感じます。



誰かがやりたくないことを私がやってあげる事。

これも優しさだと思っていた。

でも今は、そのひとが一人でできる事を

増やすことも優しさだと思う。そして、

ほんとうに助けが必要な時は、あいよ!任せて!

と快く引き受けることも、優しさ。



厳しくも、優しい。そこには、信頼があるんだね。



なんか姿勢が良くなる言葉だな~。

好きです。自然とそんなことが出来る人に

なりたいですね。優しさについて、うっかり

語ってみました。失礼しました。



今日も暑くなるそうです。素敵な一日を。

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