こんにちは

「病は気から」

とよく使われますが。

この言葉。私はいまは、基本自分に向けて

使うことにしています。



若い時は自分に、というよりも

他の人に向けて使っていました。



たとえば、だるそうな友人がいたら

「病は気からだよ!楽しいこと考えよう!」

などと、励ましのつもりで使っていた記憶

があります。



ただ、私自身がある年齢にさしかかり、

原因不明の体調不良とつらい別れを経験し、

もうメンタルが落ちに落ちた時、

身近にいた人に

「体調がなんか良くなくて・・・

気分もあまりすぐれないんです」

と、口にした時があったのですが。

その時まさに、それまで私が周りの人に

言っていた



「ららさん、病は気から!ですよ!」



と、言われたんです。もちろん、私を元気

づけてあげたい!という優しい気持ちから

の言葉だとわかっています。ただ、それでも

正直、「ガ-ン」と受け取ってしまったの

です。私の体と心の状態が、いい状態では

なかったので、そう受け止めてしまったので

しょうね。



(ただ、あの言葉で「ガ-ン」と

一度ショックを受け、下を向いたおかげで

その後上を向くことも出来たので。

振り返れば、有難い言葉でもありましたね)。



しかし、その時に分かりました。

私が同じ言葉を伝えていた相手も、

もしかしたら、こんな気持ちだったのでは

ないか?と。



その人が受けている痛みって、

やっぱりその人にしか体感できない。

分からないんですよね。ただ、

(お辛そうだな・・・)と、寄り添う

ことはできる。



「病は気から、だよ」の言葉の意味が

「気にするな考えるな」であれば、

いま、痛い苦しい人へ向けて言う言葉

としては適切ではないかなと、私は思うんです。



そもそも、気分がすぐれないとか

どこかがなんとなく痛いとか。

誰だっていやじゃないですか。

わたしも、嫌です。



ただし、「病は気から」は一理あるとも

思っていますので、自分には使っています。

その時の、私なりの正確な使い方は、



「病(ネガティブ思考)は
気(氣の流れの滞り)から」




です。だから、心がモヤモヤしたり

体に痛いところがあったら放置せず、

適切な処置をとる様に、早め早めに

動きます。



はやめに、が肝心。



なんとなくモヤモヤする・・・

なんとなく、痛い・・・

これらを放置していると、その痛みは

ずっとそこへとどまって、流れが滞り

気が付かぬうちに傷がどんどん深くなって

いたりします。



私は、なんでモヤモヤするんだろう?

私は、なんで痛いのだろう?

私は、なんで悲しいのだろう?

と、自分の心と体と向き合うことを

放置してはいけないですね。



痛みの原因に素直になる。

素直に認める。そして、その本当の痛みを

いやすことに専念します。プロの力が必要

であれば、その道のプロに適切な処置をして

もらいますし、嫌な人や嫌なことからは

距離を置くことも場合によっては選択します。



なにかしら、小さく動かします。



まずは、思考を動かす。なんで、私はこんな

気もちなんだろう?なんで悲しいのだろう?

そして原因が分かったら、素直に認める。

どんなにドロドロした「こんなこと考えたら

良くない!」と思うことも、自分で自分に

「いいんだよ♪」と許可してあげる。



そうすると、ぽんっと栓が抜けて・・・

流れ始める。そうすると、今じぶんは何を

するべきか?に意識が向くようになって

くるんですよね。できる事をやって、

自分では無理なことは誰かに頼んで。



そうして、気(生命エネルギ-・氣)の

流れを起して、病(思考停止・ネガティブ思考)

から抜け出す。


いい天気!



その前に、動けない時は

ゆっくり休むことも大事ですね。

休むのが苦手な人、とっても多いです。



うちの夫も、じつは私も

「辛いので休ませてください!

辛いので、手伝ってください!

辛いので、助けて下さい!」

と言うのが苦手です。本当につらい時こそ

言いにくいのです。でも、本当につらい時こそ

使うべき言葉なんです。



だから、辛くない時に自分がどんな言葉を

発しているか?も、とても大事で。
いまは、そう言う部分の自分を見直す時期

なんだとも感じています。