こんにちは。

NHK大河ドラマ,「麒麟がくる」

毎週楽しみにしています。

今週放送(第25話)の中で、

お金に関する学びと気付きがありました

ので、書いてみます。



ドラマの中に、貧しい人に無料で薬を配って

いる、駒という女性が登場します。

その薬を又売り(横流し)している少年がいる、

と知った駒は、その少年の家に行き

「又売りなんてしてはダメよ」

と、叱ります。



それを聞き少年は、

「銭を稼いで何が悪い、このお金で

弟や妹たちが、メシが食える」

と・・・。この言葉を聞いた駒は、

それ以上何も言えなくなってしまいます。



自宅に戻った駒は、そのはなしを師匠の東庵

に話します。すると、東庵は

駒も、その少年も、どっちも悪くない。

どっちも正しい。と言うんですね。

これにね~・・・わたしめっちゃ感動しまして

いまも思い出すと鼻の奥がツ-ン。



少年は、貧しい生活の中で、どうしたら

腹をすかせた幼い弟や妹の腹を満たして

あげることができるか?今の自分にできる

ことを考えた。



この少年もまだ幼く、「今を生きる為」に

今の自分にできる事をやった。

それが、無料でもらえた薬を又売りすること

だった。



東庵先生いわく、

その薬を買う人がいる。つまり買う人は、

お金が余っているから、

薬を買うことができる。

お金がない少年に、お金が余っている人の

お金が回った。

余ったお金が、必要な人に回ったのだ。



駒が、貧しい人のためを思い、無料で薬を

配布したいと思ったお陰で、駒の知らない

場所でそんな風に

お金が循環している。



お陰で、たくさんの人が助かっている。

それでいいではないか。



そんな話を、東庵は駒に伝えました。

※私の記憶の範囲なので、多少

違っている部分があるかもしれません。



「正義」をもって、この少年をジャッジする

と、たしかに善意でいただいたものを

又売りする事は、良くないかもしれません。



又売りして得たお金は、悪いお金・・・

そんな風に決めることも出来ます。

ただ、お金そのものには良いも悪いも

ないと言われています。



例えば、極端な話ですが・・・

誰かが悪いことをして得たお金を、

困っている人に使ってほしい、と寄付された

として。そのお金を有り難く頂戴できるか?

こんなたとえ話が、お金の本では時々

取り上げられています。



この時、お金に対して常に中立である人は

「喜んでいただく」と、答えるそうなんです。



お金はお金。そのお金をどう使うか?

お金を扱う時、その人の気もちが

お金に乗り、良いお金の使い方になるから、

と。



私は気が付かぬうちに、お金を差別して

見ていたな、そんな気持ちになりました。



モチロン、人を騙して。他人から搾取して

自分だけ得しようとする気持ちは「悪」

だと私は思います。



ただ、この少年のように

「どうしたら、今日、幼い兄弟にごはんを

食べさせることが出来るのか?」

その目的のために、今の自分にできる事を

して得たお金で、大切な人のお腹を満たす。

この気持ちそのものは、間違いではないと

思いました。



私は明日食べるに困る生活ではありません。

ほんとうに、恵まれていると思うんです。

それなのに、不安を数えるなんて。

起きるかもわからない不安のために、

お金と、時間を無駄に使うなんて、



いまを無駄にしていることなんだ。



起きてもいない不安に目を向け続ける

ということは、たいせつなお金も時間も

そして、命も。

無駄遣いしているのだ、ということに

気付こう。



「麒麟がくる」から、お金と命の使い方

について考えさせられた私でした。

余談ですが、、、

明智光秀役の長谷川博己さん♡

顔が、めっちゃタイプです♡

( *´艸`)♡