私は子供のころからずっと、

背が高かったのですが。

それが本当に嫌でした。



すごく覚えている感覚は、

背が大きいことがすごく、恥ずかしくて。

小さくなりたい!って、ずっと

思っていました。



背が高かったことも、自分に自信が持てない

理由のひとつでもありました。



何で、背が高いのが嫌だったのかな~?



覚えていなかったのですが、やっと

思い出せたのです。

サワコの朝で、幼い頃の思いを、

米倉涼子さんが代弁してくれたから、

でした。



米倉さんも幼いころから背が高く、

いつも、背の順で並ぶと一番後ろ。

でね、ほら体育の時とか。前から二人ずつ

組んでいくじゃないですか。

そうすると、クラスに女子が奇数だと、

かならず一番後ろが、ひとりで余るんですよ。



そうなると、先生と組んだり。

男子でも、同じく余った子と組んだり。

または、前の方の女の子に二回、組んで

もらったり。



あれね~、子供にとってはすごく恐怖。

恥ずかしいし、何か自分が悪い子みたいな

感覚になって、いつもドキドキ。



これを、学生時代ずっと続けて行くわけです。



米倉さんは、この経験から

「じぶんはいつも、はみだしものだった」

と表現されていて、子供のころから自信が

なく、人前にでるのが苦手だった、と。



今もその感覚は残っていて、

今も自分に自信がない、

そうおっしゃていました。

(そうは見えないかもしれないけど、とも)。



たしかに、今の米倉さんのキラキラ輝いて

いるお姿からは、そんな胸の内は一ミリも

感じられませんよね。



でも、根っこはそうなんだそうです。



米倉さんのお話を聞き、

あぁ!私もそう!同じだ!と、

思い出させてもらえたんです。



たしかに、じぶんのなかにずっと

あった、はみだしもの。

あまりもの。 選ばれない。

私は、わすれられる存在。

そんな感覚が、自分の根っこ部分が、

思い出せた。

そんな気持ちになりました。



子供のころの経験って、やっぱり人格に

影響しているんですね。



未だに、子供のころから欲しかった自信は

わたしにはありません。

子供のころから大人になるまで、ずっと

わたしが欲しかった自信。それは、

「なんでも、うまくできる自信」



失敗しない、という自信です。

それは、いまだに持っていません。

そういう意味では今も、ずっと自信はないです。



ただ、もし、諦めずに続けていたら

もしかしたら、いまよりできるようになる

かもしれない、という希望は持つように

なっています。



といっても自然に、ではなくて

これはまあ、強制的に、意識をそちらに向ける、

ということをしているので。

本気でそう思っているのか?

と聞かれれば、正直、はじめは無理やりです。笑



でも、以前はそれすらできず

いつも初めから、諦めていたのですよ。



私が子供のころから勝負が苦手だったのは、

いくつか理由がありますが、そのひとつは

はじめから「勝つ」気がなかったから。

初めから逃げていた。

負けた時の、自分の中での逃げ道を

たぶん、確保していたのかな?



負けてもいいんだけどね。

自信がないと、そう言う弱さも隠したく

なるんです。表に出せないのですよ。



今も、負けない!失敗しない!という自信は

ないけど、今ある自信は、

「失敗もするし、うまく出来ない自分も

これも、私だ」と認めることができる、

それはすこし、自信がついてきました。



なので、初めてのこともドキドキ不安に

なりながらも、一歩踏み出せるように

なってきたのかな?



そんな事を、米倉涼子さんのお話を聞きながら

思い返してもらいました。

米倉さん、これからも応援しております!



子供の頃の感覚。

ときどき思い出して、ちょっと苦しくなる

時は。今の大人の自分が、幼い自分に

会いに行って、

「大丈夫だよ、もう一人じゃないよ」

と、頭をなでてあげよう。

そして、抱きしめてあげよう。



私はこの習慣で、心が落ち着いて。

幼い私は、私なりに、がんばっていたな、

と認めることができるようになりました。

ご参考までに・・・。



ということで、今日もいってきます!

みなさんも、良い一日を。